映画スパルタカスを観る

戦場。スパルタカス軍とローマ軍が対峙している。

広大な平原である。ローマ軍が進軍をはじめた。隊ごとに統率が行き届いている。正確な進軍。これを見ただけで、彼らが無敵だということがわかる。前衛の部隊が横に広がった。戦闘準備に入ったのである。さらに右翼と左翼の部隊が中央に向かって合流を始めた。最前衛が鉾をこちらに向け楯をまっすぐに立てた。スパルタカス軍はローマ軍を引き付けるだけ引き付け攻めかかる心づもりである。スパルタカス軍が最前衛の俵のようなものに一斉に火を放った。それを猛烈な勢いで追い出し始めた。転がりだす火の俵。たまらず後退するローマ軍の最前衛。ここぞとばかりに襲いかかるスパルタカス軍だが、隊ごとに統率が取れていない。乱れるように突き進んでくる。

ローマ軍の最前衛はある地点で一列横隊になり火の俵を楯でとめると、それを乗り越え、本格的な戦闘が始まった。そこへ、スパルタカス軍の後方から、ルカラスとポンペイの合流部隊が進軍してきた。完全な挟撃作戦である。スパルタカスの本軍はそっちへ向かった。激しい戦闘。スパルタカスは馬から引きずり降ろされ、歩兵戦に巻き込まれた。そんな中クリクサスが戦死。さらにルカラスとポンペイの第二隊の騎馬軍がなだれ込んできた。もう目も当てられない状態。スパルタカス軍は総崩れの様相である。

その夜。戦場に折り重なる死屍累。または死にそこねた瀕死の奴隷たち。足の踏み場もない。女こどもまでがむごたらしく死んでいる。

翌朝。生き残ったスパルタカス軍は降伏。そこへクラサスからお達しがあった。

スパルタカスを引き渡せ。そうすれば命は助けてやる。だが従わぬ時は一人残らず磔の極刑にしてやる。

スパルタカスはどこだ。

スパルタカスが立ち上がり名乗ろうとしたとき、信じられないことが起こった。みなが次立ち上がりわれこそがスパルタカスだと叫んだのだ。

戦場を見回るクラサスと副官たち。その中に女が倒れていた。襤褸切れのように汚れ、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている。クラサスがこの顔を忘れるわけがない。バリニア、お前だな。その子は誰の子だ。まさか。

私は妻です。この子は彼の子です。スパルタカスは死にました。探しても無駄です。

死ぬところを見たのか。

はい。

嘘をつくな。彼はどこだ。

バタイアタスがいう。

この女と子は私がいただきます。いい値で売れますよ。

この女を売ることは許さん。

世迷い言をおっしゃられては困ります。こんな上物をむざむざ解放するなど。お気は確かですか。ほかの女は醜女ばかりで売り物になりません。

黙れ。この母子は私が連れ帰る。邪魔をするな。

捕虜の行軍をクラサスが見ている。スパルタカスも歩いている。その中に見た顔を見つけた。

お前はアントニヌスだな。

そう声をかけると、かたわらの男がクラサスを睨みつけた。スパルタカスである。

奴隷どもを磔刑に処せ。ここからローマの門まで一列に。アントニヌスを指してこの男は最後でいい。スパルタカスを指してこの男も同様にだ。

グラッカスのところに帰ったバタイアタスが傷の手当てを受けながら、戦場で見てきたことを語っている。

めったに手に入れられぬものを手に入れた思いがしたのは確かです。

何だね、それは。

誇りです。

誇りなど飯の種にもならん。命を縮めるのがおちだ。どうだ。それでもクラサスへの復讐を考えるか。

はい。却って決意が固まりました。

それは結構なことだ。バリニアは奴の邸だ。ローマ中がその話でもちきりだよ。あのクラサスが恋をしたとな。よほどの美女と見えるな。

はい。確かにいい女です。が、彼女は落とせません。

それほどか。

はい。奴隷には見えません。容貌に気品が表れています。

その女、私が盗もう。

何故ですか。

もう元老院の力ではクラサスを下すことはできん。だから、奴の心だけは傷つけてやるのだ。女に逃げられたら、奴がどうなるか。とくと拝見したい。

って、まさか私に盗めというんじゃ?

その通りだ。馬車を買え。夜になったら連れてこい。いいな。

ご冗談を。

お前に勇気を授けてやろう。それに50万セスタースくれてやる。

クラサスは恐ろしい男です。しくじったら命はないでしょう。

なら、100万セスタースに吊り上げてやる。

100万!それだけあれば神でさえ買収できますな。

そこへシーザーが来た。兵を連れている。

グラッカスが言った。

私の部下として来たのではないようだな。クラサスに寝返ったか。私を逮捕しに来たのか。

違います。元老院に出頭ねがいます。

クラサスはグラッカスに言った。

反逆者の名簿は完成している。

グラッカスは答えた。

なるほど。で、私の名はそのどのあたりにある?

筆頭だよ。

クラサスはこうも言った。

私は復讐などしない。財産を没収することも控えよう。もと元老議員の称号も許そう。ただし、住まいはパイシナムの農家である。女もつれて行け。

ほう、いやに寛大な処置だな。

貴公にはときどきローマに来てもらい、帝国の今後のために、有益な助言をしてもらう。世相を安泰にするためだ。わかったら帰ってよい。行け。

クラサス邸。きれいな衣装と宝石で、まるで王妃のようになったバリニアである。

クラサスが来て言った。

なぜ胸元を隠す。

言われてまとったものを取るバリニア。

豪華なネックレスをつけさせるクラサス。

これは女王が身に着けるのと同じものだ。高貴な。まさに女王のたたずまいだ。

重いだけです。

各地から取り寄せた珍味だ。蒸した若鳥の肉だ。はちみつもある。極上のメロン。最上級のワインだよ。食べなさい。

無理に口に詰め込むバリニア。

そう自棄になるな。

何故私を囲われるんです?

いい質問だ。うまくこたえられるかどうか。こどもは息災か。

はい。

乳母の乳が合ったようだな。

私の子です。乳母の話はお断りしました。私は母です。自分の乳で育てます。

ならぬ。今の生活を楽しめ。過去に生きてはならぬ。

こんな暮らしは嫌いです。

こどもには未来がある。

こどもをだしに脅迫するのですか。私を抱くなら、力づくで犯せばいいじゃありませんか。

それは嫌だ。私は、そなたに好かれたい。愛してほしいのだ。

こどもの命で脅して愛させるんですか。

こどもになど手は出さんよ笑。冗談でもそんなことは言うな。悪かった。この通りだ。お願いだから悲しまんでくれ。

悲しみではありません。思い出がよみがえるのです。

スパルタカスの何がよみがえるのだ。話したくないか。

はい。

いったいどんな男だったのだ。

初め、あのひとは寄る辺のないけもののように孤独でした。けれど死のそのとき、幾万の仲間たちが彼の身代わりになろうとしたのです。

ふざけた話だ。神でもあるまいに。

とんでもありません。あのひとは神じゃない。ただの人間です。奴隷です。私は愛したんです。

奴は反逆者だ。人殺しだ。ローマの敵だ。なぜそんな人非人のような男を愛した!言え。

言えません。あなたにはわからないことです。

知りたいのだ。そなたをわかりたい、心の底から理解したいのだ。

わかりました。あなたはあのひとが恐ろしいのです。だから妻を略奪するのです。あのひとの心の中の宝をみな奪って、恐れを打ち消そうとなさるのでしょう。無駄なことです。あのひとの宝は奪えません。

わかった。思い知らせてやる。

クラサスは憤激して行ってしまった。

その夜。スパルタカスはまだ生きていた。アントニヌスも生きていた。

アントニヌスが言った。

私たちの負けです。負けたんですよ。

やつらは勝利によって何を得た。ひとりの人間がいやだと言った。たったそれだけのことだ。それだけで大ローマが震え上がった。やがて幾万もの人間がいやだと言った。それはすごいことなのだ。ねじふせられていたものたちが、ごみための中から立ち上がった。体を起こし、毅然と立ち上がったのだ。うたが聞こえるだろう。山を越え、野をよぎって進んでゆくうただ。

けれど、みな死んでしまいました。

死んだ。バリニアも。死んだ。わが赤ん坊も。みんな死んでしまった。

死が怖いですか。

生まれるのと同じことだよ。怖いのかね。

はい。

馬の蹄の音がして、クラサスがやってきた。

闘士はどこだ。

彼らのところまで来ると、アントニヌスを見て言った。

長い夜だろう。楽しむんだな。

スパルタカスを見た。それまで彼が本物だという確信はなかった。

スパルタカス。お前だったんだな。違うか。見ろ。私が執政官マーカスクラサスだ。口がないのか。応えろ。

クラサスは雄たけびを上げ、彼を殴った。スパルタカスは表情一つ変えず、彼の顔に唾を吐きかけた。クラサスはシーザーを呼んだ。

決闘の支度をしろ。今すぐだ。

決闘は明日神殿で行う予定ですが。

気が変わった。直ちにやらせろ。勝った方が磔刑だ。貴様らの友情とやらをもてあそんでやる。

円陣が組まれた。

スパルタカスが言った。

苦しまぬよう、一撃で死なせてやる。いいか。

それではあなたが磔刑になります。

いいから言うことを聞け。

決闘。二人は近づくと、まずアントニヌスの剣がスパルタカスの脇腹をかすめた。血がにじんできた。

あなたを磔刑になどできません。

言うことを聞け。このままでは二人ともなぶり殺しだ。

構いません。

二人が倒れ剣を手にしたまま格闘になった。スパルタカスはアントニヌスのみぞおちを殴り、

許せ。

あなたが好きでした。父のように慕っていました。

俺もだ。生き別れた子に逢うような思いでお前を見ていた。安らかに眠ってくれ。

アントニヌスは息絶えた。

クラサスが来た。スパルタカスは彼を見上げたが、その眼にはもはや怒りも憎しみもない。

お前の勝利だよ。俺は確かに死ぬ。だが、これで終わりではない。俺に続くものは幾百万と現れる。

クラサスは憎まれ口を聞いた。

バリニアもこどもも私のところにいる。彼女は私の女だ。連れて行け。

クラサスはまじまじと彼の顔を見たが、その気持ちを理解していない。

スパルタカスは嬉しかったのである。クラサスはこうも言った。

埋葬は無用だ。遺骸は焼いて、灰をそこらにまき散らせ。

その頃、邸を出てゆく支度に忙しいグラッカスのところに来たのは、バタイアタスと、バリニア、そしてその赤ん坊だった。

クラサスともあろうものが、この女のためにローマの誇る大軍勢をつかったのか。ゆっくり君と話したいが、残念だ。時間がないのだよ。

バタイアタスはたずねた。

私たちはどこへ逃げたらいいのです?ローマ中、クラサスの手の者で犇めいています。

アキタニアへ行け。従兄が、総督をしている。元老院の通行証をやろう。

ありがたいですが、何故です。

いいか。約束の倍額200万セスタース持って行け。あと女が自由人である証明書。これは同じくこどもの身分証だ。

それであなたは?

パイシナムへ行くよ。

ずいぶん辺鄙なところへ行くのですね。

行け。

じゃ、私らと一緒に来ませんか。不自由はさせません。

馬鹿を言え。元老院議員だぞ。顔を知られすぎておる。やつらが来ないうちに早く行きなさい。

あまりのことに感極まったのか、バリニアはグラッカスの耳元に口づけし、思わず縋りついた。

ふふ、クラサスに嫉妬されるな。行きなさい。君は自由の身だ。泣いている場合ではない。

二人が去った後で、グラッカスは手元の短剣を抜くと、それを持って奥の間へ入っていった。そのあと彼がどうなったか。語らぬこととする。

朝。城門を出たところで、馬車の二人は警備の兵に呼び止められた。

名前を言え。

彼は本名を言い、バリニアを義理の妹だと偽った。

バリニアが見たものは、城門の入り口の十字架であった。そう、愛する良人、スパルタカスだったのだ。彼はまだ意識も確かで、バリニアをやさしいまなざしで見下ろしている。

息子です。あなた。自由の身になりました。わが子には私が教えます。忘れません。

馬車に乗せられ去ってゆく車上で、バリニアは彼に別れを言いつづけた。私の最愛のひと。いのちだったひと。

馬車はまっすぐ一本道を去っていった。

エンドマーク。

いい話である。ある意味ローマ時代のことを、現代とだぶらせて描いているように思えるところもある。ドルトントランボの言いたいこともそのあたりにあるのだろう。